大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)4397号 判決
【主文】
一 被告武市はなは原告に対し、別表(一)の(1)の金員の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録一の(一)記載の建物を明け渡し、かつ昭和五六年一〇月一日から明渡し済みまで一か月金三万円の割合による金員を支払え。
二 被告播本定五郎は原告に対し、別表(一)の(2)の金員の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録一の(二)記載の建物を明け渡し、かつ昭和五六年一〇月一日から明渡し済みまで一か月金三万円の割合による金員を支払え。
三 被告大深初子は原告に対し、別表(一)の(3)の金員の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録一の(三)記載の建物を明け渡し、かつ昭和五六年一〇月一日から明渡し済みまで一か月金三万円の割合による金員を支払え。
四 被告森川好松は原告に対し、別表(一)の(4)の金員の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録一の(四)記載の建物を明け渡し、かつ昭和五六年一〇月一日から明渡し済みまで一か月金三万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。
五 被告香川勇治は原告に対し、別表(一)の(5)の金員の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録二の(一)記載の建物を明け渡し、かつ昭和五六年一〇月一日から明渡し済みまで一か月金一万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。
六 被告草谷シズ子は原告に対し、別表(一)の(6)の金員の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録二の(二)記載の建物を明け渡し、かつ昭和五六年一〇月一日から明渡し済みまで一か月金二万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。
七 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
八 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
【判旨】
2 そこで本件解約申入れの正当事由の存否につき検討する。
(一) 請求原因5(二)(2)(イ)の事実のうち、本件建物が昭和九年建築の木造家屋であることは当事者間に争いがない。
しかしながら、本件建物の耐用命数が一〇年未満であり、老朽度が著しいことは、これを認めるに足りる証拠がなく、かえつて本件建物の写真であることにつき争いのない検乙第一ないし八号証及び鑑定の結果を総合すれば、被告ら各賃借人がそれぞれ内装等に手を入れ、随時維持補修を行なつているので右建物は今後も十分居住に耐えうること、経済的に見ても本件鑑定後一〇年の耐用が可能であることが認められる。
(二) 請求原因5(二)(2)(ロ)の事実のうち、本件建物の所在、周辺の開発・市街化の状況については当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、本件土地は都市計画法上の住居地域、準防火地域であり、本件建物及び敷地の容積率は66.7パーセントで、公法上の規制値三〇〇パーセントに比しその敷地利用の効率が悪いこと、右敷地の最有効使用法は鉄筋コンクリート造4.5階段の分譲マンション等の敷地として利用することであることが認められる。
(三) <証拠>によれば、原告はもと堺市浜寺諏訪森町西ノ丁三三番地の一において土木工事総合請負等を業とする株式会社天松工務店の代表取締役としてこれを経営していたが、その業績も悪かつたので、父岩松と相談の上、昭和五二年ころから前記マンション計画を企図し昭和五三年秋ころこれを具体化させ、本件建物及びその敷地を岩松から譲り受けると共に、老朽化し且つ効率の悪い本件建物を建て替えこれを活用することにより再出発することを企画し、昭和五四年三月一日に本件建物及びその敷地を岩松から譲り受け、株式会社天松工務店の商号をユニプラン昌宏と変更し、その本店を大阪市東区の原告肩書住所地に移転したこと、原告は右同日本件建物の敷地を富士銀行に担保に提供し(根抵当権極度額一億九〇〇〇万円)、同銀行から融資を受け、同地上に前記会社と原告所有にかかる賃貸マンションの建築を計画していたが、思うように事が運ばず更に資金繰りは苦しくなつたので、昭和五六年六月一七日付をもつて右富士銀行に対する債務の保証人で本件マンション工事の請負工事人であるベルモント建設株式会社が原告の依頼により右債務を肩替わりして引受け、且つ本件建物敷地の所有権を原告から譲り受けて同様担保に提供し、将来、同地上にマンション建設を企図していること、原告はその後前記堺市の自宅を処分し、妻とも離婚していることがそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(四) <証拠>を総合すると、原告は昭和五三年秋ごろから被告らに対し前記建替計画を説明してその協力を求め、昭和五四年三月一日にも岩松から右同様の説明をしたが、その際に新築建物の透視図とか平面図を示したことはなかつたこと、しかし、原告らは被告らに対し、本件建物の立退きの条件として新築建物建設期間中の代替家屋を提供し、その敷金、従前賃料との差額賃料及び移転費用を原告において負担すること、新築建物には被告らに優先的に入居してもらうことを申し出たが、原告らの右明渡要求がその明渡期限を二週間に限るなどやゝ性急な面があり、且つ被告らの代替家屋の確保、新築建物への入居についての保証もなかつたことから、右申出につき被告ら全員の賛同を得られなかつたこと、しかしながら、その後原告が前記の如く調停の申立をなしたことにより、阿倍野簡易裁判所で調停が進められるに及んで、被告らとしても不本意であつたが、立退料の金額次第で本件建物の退去を考えるという態度をとり、以後、立退料について種々検討された結果、その最終段階で原告は一人につき金五〇〇万円を提示したが、被告森川は一三〇〇万円、その余の被告らは一人当り九〇〇万円を要求したため折り合わず、右調停は不調となり本訴に至つたことがそれぞれ認められる。<反証排斥略>
(五) そこで、進んで、以下、被告らの本件建物に対する個別的な使用、居住の必要性についてみるに、
(1) 被告武市については、<証拠>によれば、同人は主人も子供もなく本件建物内で一人暮らしをする七六歳の老女であること、同人は昭和一一年より本件建物内に起居し、本件建物及び右所在地にはとりわけ愛着が強く、死ぬまでここで暮らしたいと切望していること、同人は高知の親戚からの仕送りと年金とでつつましく余生を送つているものであること、調停時には立退料一〇〇〇万円程度でなら出てもよいと考えていたことが認められ、また、原告本人尋問の結果によれば、被告武市は病院通いをしていることが認められる。
(2) 次に被告森川好松については、<証拠>によれば、被告森川好松は昭和一三年から本件建物に居住していること、同人は養女の森川しずと本件建物内で二人暮らしであること、右両名はともに天理教信者で右建物を教会としても使用しており、地域の信者が礼拝に来るため、駅に近い本件建物がとくに必要であること、立退きの際は新しい神殿を作る必要が生ずるため他の被告より多い立退料一三〇〇万円を調停の際要求したものであることが認められる。
(3) 被告播本定五郎については、<証拠>によれば、同人は昭和二〇年四月から本件建物で居住していること、同人は七五歳の老齢で妻と二人暮らしであること、同人の子は八人おりそれぞれ職を持ち独立していること、被告としては今のところ子供と同居する意思をもつておらず、本件建物での居住を望んでいること、生活費は子供からの仕送り等でまかなわれ月一二、三万円程度であることが認められる。
(4) 被告大深初子については、<証拠>によれば、同人は昭和二〇年八月から本件建物に入居したこと、夫とはすでに死別し、六九歳の老齢で一人暮らしをしていること、国鉄の共済、厚生年金、内職等で生計をたてていること、調停時には妥当な立退料を受取り退出してもよいと考えていたことを認めることができる。
(5) 被告草谷シズ子については、<証拠>によれば、同人は本件建物に昭和一二年七月から居住していること、本件建物には同人と次男夫婦、孫二人の五人で起居していること、同人は右次男の給料で生活していることが認められる。
(6) 最後に被告香川勇治については、<証拠>によれば、同人は昭和二三年八月から本件建物に居住していること、同人は現在妻と二人暮らしであり、六八歳の老齢ではあるが会社員の職にあり月一〇万円ほどの給料を受取つていること、同人の子のうち、二人の女子はすでに嫁いでおり、長男も独立して別居していることが認められる。
(六) 以上認定した諸事実を総合すると、まず、原告側の事情としては、原告が自ら本件建物への入居又は使用を必要とする事情は全くないが、原告の営業上の必要から本件建物を建て替え、跡地に賃貸マンションを建設してこれを有効に運用したい希望を有していたが、右希望は本訴提起時には資金難によつて営業上の切迫した必要性に変つてきていることが窺われ、一応本件建物の必要性が切実なものということができる。これに対し被告ら側の事情としては、被告らがすべて本件建物に居住する必要性は高く、特に被告武市、同森川の必要性は極めて高いものということができる。しかも被告らはこれまで誠実に賃借人としての義務を果たしてきたし、原告らからの本件建物の明渡請求に対する対応も、その非はむしろ原告側にあり、被告ら側には特別不誠実な態度があつたものとは認められない。右双方の必要性のみを比較考察すれば、原告の本件解約の申入れには正当事由があるものとは到底認められないところである。しかしながら、本件建物の老朽化、敷地の非効率性、周囲の状況、昨今の住宅事情の緩和、特に一般的な賃貸、分譲マンションの供給過多、調停、訴訟及び和解を通じての被告らの対応等諸般の事情を総合すると、原告において相当高額の立退料を提供するならば、原告側の必要性等の事情を補完し、もつてはじめて正当事由が具備するに至るものと認めるのが相当である。
3 原告が調停において被告一人あたり四〇〇万円(最終段階では五〇〇万円)の立退料の提供を申し出たことは当事者間に争いがなく、本訴訟においても別表(二)<省略>記載の金額またはこれと格段の相違のない範囲内で裁判所が相当と認める金額の立退料の提供を申し出ていることは当裁判所に顕著である。そして、鑑定の結果によれば、本件明渡しによつて被告らが失うべき借家権価格は昭和五六年八月一〇日において別表(二)の記載のとおりであることが認められる。しかしながら、当裁判所は本件に限り、明渡しにより賃借人が事実上失う利益の補償の性質を有する右借家権価格のみでは立退料としては不充分と思料するものであり、右額を参照し、移転又は移転先確保のため要する費用をも含め、且つ前記認定の諸般の事情を考察し、特に被告別の個別的事情を重視したうえ、被告らに対する立退料は別表(一)<省略>記載の各金員と認めるのが相当であると思料する。
4 そうすると、原告の本件解約の申入れは、被告らに対し右立退料相当の金員を提供することによつて正当事由が具備されいずれも有効になされたものということができるから、被告森川の関係では前記解約の申入れから六か月を経過した同年一二月二四日をもつて、その余の被告らの関係では同年一二月二一日をもつて本件各賃貸借契約は終了したものというべきである。 (久末洋三)